パートナー代表の高橋俊哉です。
2月20日金曜日。今日は何の日かご存じでしょうか。調べてみると、実にさまざまな記念日が出てきます。「夫婦円満の日」、そして「尿漏れ克服の日」。どちらも人生にとって、そして婚活にとっても大切なテーマですね。(少し強引でしょうか。笑)
さて本日は、仏教と心理学の智慧を下敷きに綴ってみたいと思います。
鎌倉時代の華厳宗の僧、**明恵は、生涯にわたって夢を書き留め続けた稀有な存在として知られています。その夢の記録は、単なる宗教的逸話ではなく、人間の内面をこれほど誠実に見つめた記録は他に類を見ないとも言われます。そしてこの営みに深い関心を寄せたのが、日本を代表するユング派心理学者、河合隼雄**でした。河合は夢を「無意識からのメッセージ」と捉え、日本文化における内面探究の象徴的存在として明恵を高く評価しています。
夢は非現実的なもの、意味のないものと片づけられがちです。しかし本当にそうでしょうか。眠っている間に見る夢も、日中に思い描く「将来の夢」も、どちらも無意識の働きと深く結びついています。明恵は夢を単なる幻として処理せず、「これは自分の心のどの部分か」と問い続けました。その姿勢は、現代を生きる私たちにも大きな示唆を与えてくれます。
人生や婚活の場面でも、私たちはさまざまな夢を抱きます。理想の結婚像、安心できる家庭、支え合える関係。しかし同時に、不安や恐れもまた心の奥に存在しています。もし夢を単なる願望として追いかけるだけでなく、「なぜ私はこの未来を望むのだろう」「その背景にどんな感情があるのだろう」と見つめることができたなら、婚活は単なる相手探しではなく、自分自身を深く知る旅へと変わっていきます。
夢とは未来を予言するものではありません。夢とは、今の自分の心を映す鏡です。理想も不安も排除せずに受け止める。そのとき人生は、外側の条件に振り回されるものではなく、内面から整っていくプロセスへと変わります。
明恵は半世紀近くにわたり夢を書き続けました。怒りが現れれば自らの未熟さを省み、欲望が現れれば戒めとし、光が現れれば慢心せず感謝する。夢を通して徹底的に自己を観察したのです。
私たちは普段、自分の内面をそこまで丁寧に見ているでしょうか。うまくいかなかったとき、相手や環境のせいにしていないでしょうか。あるいは必要以上に自分を責めてはいないでしょうか。本当に大切なのは、「いま自分の心はどう動いたのか」と静かに問い直すことです。
婚活においても思い通りにならない出来事は起こります。お見合いが成立しない、交際が続かない、期待していたご縁が結ばれない。そのとき私たちはすぐ理由を探します。しかし一度立ち止まり、「あのとき私はどんな気持ちだっただろう」と振り返る。焦りはなかったか、承認を求めすぎていなかったか、恐れから言葉を選んでいなかったか。
内面を見つめるとは、自分を否定することではありません。むしろ、自分の弱さも未熟さもそのまま認めることです。明恵は夢の中で「我が心、なお濁れり」と正直に記しました。それは自己否定ではなく、より純度の高い生き方への覚悟でした。
婚活の現場でも感じます。ご縁をつかむ方は、自分を飾り続けた人ではなく、自分を観察し続けた人です。「どう見られるか」より「どう在るか」に意識を向けた人。完璧なプロフィールよりも、正直な心が最終的に伝わります。
夢と現実は分断されていません。眠っている間に現れるものも、日中の行動も、すべて心の延長線上にあります。人生は一瞬一瞬が修養の場であり、婚活もまた結果を出す場であると同時に、自分を知る場なのです。
重要なのは、出来事そのものよりも、それを通して何を学ぶかです。うまくいかなかったご縁も心を映す鏡かもしれません。「なぜ私はあの一言に反応したのだろう」と問い続けることで、自分の輪郭は少しずつ明確になります。
外の世界を変えようとする前に、内の世界を観る。そこから始まる人生は、静かですが確実に深まっていきます。婚活もまた、相手探しであると同時に、自分探しの旅です。
今日も一歩、心を観るところから。
その積み重ねが、やがて穏やかで揺るがないご縁へとつながっていきます。










