パートナー代表の高橋俊哉です。1月も半ばを過ぎました。気温が4,5℃、上がったり下がったりしています。インフルエンザも相変わらず流行っているようですから、手洗い・うがいを励行して参りましょう。今日はこのところ読み込んでいる哲学の本からヒントになったことについて書いてみたいと思います。仏経などの教えでは、考え過ぎること、思考そのものを戒めることがあります。そんなブログも書いてきましたが、哲学は、人間の頭の思考の限界に挑戦する学問であり、考えられることの限りを考えつくす学問です。今日はそんな視点で書いてみます。
人生も、仕事も、人とのご縁も、思い通りにいかないことの方が、圧倒的に多いものです。
一生懸命に考え、努力し、選択しているつもりでも、なぜか壁にぶつかる。
「このままでいいのだろうか」
「自分の人生は、どこへ向かっているのだろうか」
そんな問いが、ふと胸に浮かぶことがあります。
とりわけ婚活においては、年齢、条件、タイミング、人との相性など、
自分ではどうにもならない要素に翻弄されることも少なくありません。
そのたびに、自信を失ったり、自分を責めてしまう方も多いでしょう。
けれど、ひとつ大切なことがあります。
迷うということは、真剣に生きている証拠だということです。
■ 人生に「正解」は用意されていない
私たちはいつの間にか、
「こうすれば幸せになれる」
「こう生きるのが正しい」
「こうすれば結婚できる」
といった“正解”を探し続けるようになります。
しかし、人生をよく見つめてみると、最初から用意された正解など、どこにも存在しません。
あるのは、自分で選び、引き受け、その結果と共に生きていくという現実だけです。
婚活も同じです。条件を揃え、方法を学び、努力を重ねても、
思うように進まないことはあります。
それは失敗ではなく、人生が「立ち止まって考えなさい」と語りかけている時間なのかもしれません。
■ 「考えること」をやめないという強さ
人生が苦しくなるのは、答えが出ないことそのものよりも、
考えることをやめてしまったときではないでしょうか。
周囲の価値観に合わせる。世間の声に従う。
「こうすべき」という考えに自分を押し込める。
それは一時的に楽かもしれませんが、心の奥では、どこかで違和感が残ります。
答えがすぐに出なくてもいい。不安が消えなくてもいい。
それでも、自分の頭で考え続けること。
それこそが、人生を生き抜くための、静かで確かな力なのです。
■ 絶望は、人生が深くなる入口
誰にでも、思うようにいかない時期があります。
婚活が長引くこともあれば、
仕事や人間関係で心が折れそうになることもあるでしょう。
そうしたとき、人は「もうだめだ」と絶望します。しかし実は、絶望は人生の終わりではありません。
むしろ、人生を本気で考え始める入口なのです。
これまで信じてきた価値観が崩れたとき、人は初めて、自分自身と向き合います。
その過程は苦しいものですが、
そこを通り抜けた人は、確実に深みを増していきます。
婚活での挫折や失敗も、
人としての厚みを育てる時間なのかもしれません。
■ 人生は、案外「愉快」なものかもしれない
一方で、人生を過度に深刻に捉えすぎる必要もありません。
思い通りにならない。失敗もする。矛盾だらけで、不完全。
それでも人生は、どこか可笑しく、味わい深い。
そう思えたとき、肩の力がふっと抜けます。
婚活も同じです。完璧な人間はいません。
不器用で、遠回りして、迷いながら、
それでも誰かと出会おうとする姿そのものが、すでに尊いのです。
■ 考え続けた人に、ご縁はひらかれていく
人生も、結婚も、
すべてを自分でコントロールすることはできません。
けれど、どう向き合うかは選べます。
考えることをやめなかった人。
自分の人生を、他人任せにしなかった人。
迷いながらも、自分なりの誠実さを手放さなかった人。
そうした人のもとに、ある日ふと、ご縁は訪れます。
それは計算の結果ではなく、
生き方そのものが引き寄せたものなのかもしれません。
今、立ち止まっている方へ。
迷っている自分を、どうか否定しないでください。
考え続けている限り、人生はまだ、開かれています。










