パートナー代表の髙橋俊哉です。
今年は秋がしっかりとやってきてくれていますね。一方インフルエンザもかなり広がってきていて、当社の会員さんでも罹患された方があります。深まる秋を満喫しつつ、マスク着用、うがい手洗いなどでケアすることも怠りなくどうぞ。
私たちは、日々さまざまなことを考えながら生きています。仕事のこと、お金のこと、家族のこと、人間関係のこと。そして、これからの人生をどう生きていこうか、婚活もどう取り組んでいけばよいのかということ。考えれば考えるほど、何が正しいのか分からなくなってしまうこともあります。
本当はこうしたい。でも、失敗したらどうしよう。人からどう思われるだろう。今さら方向を変えても遅いのではないか。そんな思いが次々と浮かび、気がつけば、自分が本当に望んでいることよりも、失敗しないことや周囲に認められることを優先している。そんな経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。
今回は、ニール・ドナルド・ウォルシュ著『神との対話』完結編を手がかりに、そんな私たちの生き方について考えてみたいと思います。
私は、この身体そのものなのだろうか
『神との対話』を読んでいて、私が改めて考えさせられたのは、「自分とは何者なのか」という問いです。
普段、私たちは自分のことを、名前や年齢、職業、経歴、身体の特徴などを通して認識しています。鏡に映る自分の姿を見て、「これが自分だ」と思います。もちろん、身体は私たちがこの世界で生きていくための大切な存在です。身体があるからこそ、人と出会い、手を差し伸べ、食事を楽しみ、さまざまな経験をすることができます。
しかし、ここで少し立ち止まってみます。
身体が自分であるとして、それでは、昨日の自分と今日の自分は同じなのでしょうか。子どものころの自分と、今の自分はどうでしょう。身体は成長し、年齢とともに変化していきます。考え方も、価値観も、ものの見方も変わってきます。それでも私たちは、一人の自分として人生を歩んできたと感じています。
では、その変化の奥にあるものは何なのでしょうか。
『神との対話』が投げかける問いを、私はそんなふうに受け止めています。
私たちは、身体や社会的な立場だけで説明できる存在ではないのかもしれません。身体を持ち、さまざまな経験をしながらも、その奥には、もっと深い自分がいる。そう考えてみると、今までとは少し違う景色が見えてきます。
もちろん、これは誰もが簡単に納得できる話ではないでしょう。私自身も、頭で理解したつもりになることと、本当に自分の生き方として受け入れることは別だと思います。
むしろ、「自分の本質は身体だけではない」と考えようとすると、すぐに抵抗が生まれてくることがあります。
自我は、なぜ抵抗するのか
私たちの心には、自分を守ろうとする働きがあります。
失敗したくない。傷つきたくない。損をしたくない。人から嫌われたくない。今まで築いてきたものを失いたくない。
こうした気持ちは、決して悪いものではありません。危険を避け、生活を守り、社会の中で生きていくためには必要な働きでもあります。
ただ、その働きが強くなりすぎると、私たちは自分の可能性を自分で狭めてしまうことがあります。
本当はやってみたいことがあるのに、「失敗したら恥ずかしい」と考えてやめてしまう。本当は違和感を覚えているのに、「今までこうしてきたから」と自分を納得させてしまう。本当は心の中で答えが出ているのに、「周囲の人はどう思うだろう」と考え続けて、いつまでも動けなくなってしまう。
自分を守ろうとする心が、いつの間にか自分の人生を縛ってしまうのです。
私は、こうした働きを考えるとき、「自我」という言葉が思い浮かびます。
自我は、自分という存在を守り、これまでの経験や価値観をもとに物事を判断します。しかし、自我が示す答えが、いつも自分の本当の望みと一致しているとは限りません。
たとえば、何かに挑戦しようとしたとき、心の奥では「やってみたい」と感じている。それなのに、頭の中では「今さら無理だ」「失敗するに決まっている」「そんなことをして何になる」といった声が次々に聞こえてくる。
その声は、本当に自分の望みなのでしょうか。それとも、これまでの経験や恐れから生まれてきたものなのでしょうか。
この二つを、いつも明確に区別できるわけではありません。だからこそ、自分の内側で何が起きているのか、少し立ち止まって見つめてみることが大切なのだと思います。
心の奥底にいる、本当の自分の声
『神との対話』を読みながら、私が大切にしたいと感じたのは、外側の声に振り回されるだけでなく、自分の内側に耳を傾けることです。
ここでいう内側の声は、単に「今、欲しいものを手に入れたい」といった衝動とは違います。自分に都合のよいことだけを選ぶことでもありません。
目先の欲求や恐れ、見栄や世間体を少し脇に置いたとき、心の深いところでは、自分が何を大切にしたいのか、どのように生きたいのかが、静かに感じられることがあります。
たとえば、誰かに親切にしたいと思う。困っている人がいたら、できる範囲で手を貸したいと思う。間違ったことをしてしまったら、素直に認めて改めたいと思う。自分にとって大切な人には、きちんと感謝を伝えたいと思う。
そうした思いは、必ずしも人から褒められるとは限りません。利益になるとも限りません。それでも、自分の心の奥では「そうすることがよい」と感じている。
私は、そんな感覚を大切にしたいと思います。
もちろん、自分の考えがいつも正しいとは限りません。人は思い込みますし、都合よく解釈することもあります。だから、自分の内側から湧き上がった思いだからといって、何でも無条件に正しいと考えるのは危険です。
大切なのは、自分の気持ちを丁寧に確かめることではないでしょうか。
これは恐れから出てきた考えなのか。それとも、本当に大切にしたいものから出てきた考えなのか。誰かに認めてもらうためにやろうとしているのか。それとも、誰に見られなくても、自分がそうしたいと思うのか。
そんな問いを自分に向けてみる。
そして、心の奥で「こちらのほうがよい」と感じたことについて、できるところから実行してみる。
それが、自分を信じるということにつながるのではないかと思います。
「まずい」と思うことはしない
こうして考えてみると、人生の指針というのは、案外、難しいものではないのかもしれません。
自分がまずいと思うことはしない。自分が心からよいと思うことをする。
言葉にしてしまえば、ごく当たり前のことです。
しかし、この当たり前のことを、私たちはどれほど実践できているでしょうか。
つい感情に任せて、相手を傷つける言葉を口にしてしまう。目先の利益を優先して、本当はよくないと感じていることに手を出してしまう。面倒だからと、やるべきことを先延ばしにする。感謝しているのに、照れくさくて伝えない。自分が悪かったと分かっていても、素直に謝れない。
私自身にも、思い当たることがあります。
頭では分かっているのに、できない。やったほうがよいと分かっているのに、別の楽な道へ逃げてしまう。後になって「ああ、やはり、あのとき素直にやっておけばよかった」と思うこともあります。
人間とは、なかなか思いどおりにならないものですね。
だからこそ、私は、特別なことを考える前に、日々の小さな選択を大切にしたいと思います。
これは、何も難しい修行をしなければならないという話ではありません。
約束を守る。ありがとうを伝える。間違えたら謝る。人の悪口を言いたくなったとき、少し立ち止まる。身体が疲れていたら、無理をせず休む。自分の心に嘘をついてまで、周囲に合わせない。
そうした小さなことの積み重ねです。
「これをしたら、後で自分が嫌な気持ちになるだろうな」と思うなら、できるだけしない。「こちらを選んだほうが、自分にも相手にもよいだろう」と感じるなら、勇気を出して一歩踏み出してみる。
それだけでも、日々の生き方は少しずつ変わっていくのではないでしょうか。
もちろん、いつも正しい選択ができるわけではありません。間違えることもあります。迷うこともあります。大切なのは、一度も間違えないことではなく、間違えたときに気づき、そこから学び、また自分の心に素直になっていくことだと思います。
自分を信じるとは、自分勝手になることではない
ここで、一つ大切なことがあります。
「自分を信じる」「自分の心に素直になる」と聞くと、自分の好きなように生きればよい、嫌なことは全部避ければよい、という意味に受け取られるかもしれません。
しかし、私はそうは思いません。
自分の望みを大切にすることと、周囲の人を顧みずに振る舞うことは違います。
たとえば、誰かに腹が立ったとき、思ったことをすべて相手にぶつける。それは素直さというより、感情に任せた行動かもしれません。
本当の気持ちを大切にするのであれば、なぜ腹が立ったのか、自分は何を求めていたのか、相手にどう伝えればよいのかを考えることも必要でしょう。
また、今の仕事が嫌だからといって、何も準備せずに投げ出すことが、いつも自分にとってよい選択だとは限りません。休む必要があるのか、働き方を変えたいのか、別の道へ進みたいのか。自分の気持ちを確かめながら、現実的な一歩を考えることが大切です。
自分の心に素直になることは、自分の欲求を何でも通すことではなく、自分の本質的な願いを見失わないこと。そして、自分にも他人にも誠実であろうとすることなのではないでしょうか。
『神との対話』の世界観を、私はそのような問いかけとして受け止めています。
自分を信じるというのは、自分は絶対に間違えないと思い込むことではありません。間違える自分も、迷う自分も受け入れながら、それでも自分の内側にある良心や愛、誠実さを信じて歩いていくことなのだと思います。
婚活にも、自分の心の声を大切に
このことは、婚活にも通じるのではないでしょうか。
結婚相談所では、年齢、仕事、年収、学歴、居住地、家族構成など、さまざまな条件を確認します。もちろん、結婚生活を考えるうえで、条件を確認することは大切です。生活設計や価値観について、現実的に考えなければならないこともあります。
しかし、条件だけで相手を選ぼうとすると、自分が本当に望んでいることを見失ってしまう場合があります。
周囲から「この人がよい」と勧められたから。年齢的に、もう選んでいる余裕はないと思うから。条件がよい人を逃したら、次はないかもしれないから。
そんな理由だけで、自分の気持ちを押し殺してしまっていないでしょうか。
反対に、少し会話がぎこちなかっただけで、「自分とは合わない」と決めつけてしまうこともあります。過去の恋愛で傷ついた経験から、相手を信じることができなくなっている場合もあります。
だからこそ、自分の心に問いかけてみてほしいのです。
この人と一緒にいるとき、自分は自然体でいられるだろうか。相手の話をもっと聞いてみたいと思うだろうか。自分の考えや気持ちを、無理なく伝えられるだろうか。意見が違ったときにも、お互いを尊重できそうだろうか。
結婚は、条件を満たした相手を手に入れることではありません。これからの人生を、ともに歩んでいく相手を見つけることです。
だからこそ、自分の心の声を無視しないでいただきたいと思います。
もちろん、心の声だけで何もかも決めればよいということではありません。相手の気持ちもありますし、生活の現実もあります。お互いに話し合い、理解し合い、折り合いをつけていく必要があります。
それでも、自分が何を大切にしたいのかを見失わないことは、よいご縁を育てていくための大切な土台になるのではないでしょうか。
私たちは、誰かに選ばれるために、自分自身を偽り続ける必要はありません。自分をよりよく見せようと工夫することと、本当の自分を押し殺すことは違います。
自分のよさを知り、相手のよさも知り、お互いに無理のない関係を築いていく。そのためにも、まず自分自身の心に素直になることが大切なのだと思います。
人生を変えるのは、日々の小さな選択
私たちは、人生を変えようと思うと、何か大きな出来事を期待しがちです。
運命的な出会いがある。仕事で大きな成功を収める。お金の心配がなくなる。悩みが一気に解決する。
もちろん、人生には、思いがけない出会いや転機があります。しかし、日々の人生を形づくっているのは、もっと小さな選択の積み重ねなのではないでしょうか。
今日、誰かにどんな言葉をかけるのか。目の前の仕事にどう向き合うのか。自分の身体や心をどういたわるのか。何に時間を使い、何を手放すのか。
そして、自分の心が「これは違う」と感じていることに、いつまで目をつぶり続けるのか。
そうした一つ一つの選択が、少しずつ自分の生き方を形づくっていきます。
私は、長く会社員として働き、その後、結婚相談所の仕事を続けてきました。人生には、思いどおりに進まないこともあります。自分の判断が十分ではなかったと思うこともありますし、もっと素直に考えて行動していればよかったと思うこともあります。
しかし、過去を振り返って反省することと、過去にとらわれ続けることは違います。
過去の経験から学ぶ。そして、今日できることを一つやってみる。
それでよいのではないでしょうか。
人生のすべてを一度に変える必要はありません。今日、少しだけ誠実に行動してみる。今日、少しだけ自分の本当の気持ちに耳を傾けてみる。今日、感謝を伝えたかった人に「ありがとう」と言ってみる。
そんな小さな一歩から、人生の景色が変わり始めることもあると思います。
自分を信じ、素直に生きる
『神との対話』完結編を手がかりに考えてきましたが、最後に私が大切にしたいと思うのは、ごく当たり前のことに戻ってきます。
自分の本質を、身体や年齢、肩書き、過去の経験だけで決めつけないこと。そして、自分を守ろうとする自我の声に振り回されるだけでなく、心の奥底にある、本当に大切にしたいものにも耳を傾けること。
自分がまずいと思うことは、できるだけしない。自分が心からよいと思うことを、できるところから実行していく。
それを、特別なこととしてではなく、日々の暮らしの中で続けていく。
言葉にすれば簡単です。しかし、簡単だからこそ、つい忘れてしまうのかもしれません。
人間ですから、迷うこともあります。欲に負けることもあります。自分の気持ちが分からなくなることもあります。そんなときは、自分を責めるばかりではなく、少し立ち止まり、もう一度、自分の心に問いかけてみればよいのだと思います。
「私は、本当はどう生きたいのだろう」
「何を大切にしていきたいのだろう」
「今の自分の選択は、自分の心に誠実だろうか」
すぐに答えが出なくてもかまいません。問いかけることそのものに意味があるのだと思います。
私たちは、つい自分の外側に答えを求めます。誰かの評価、世間の常識、成功した人の生き方。それらから学ぶことも、もちろんたくさんあります。
けれども、最後に自分の人生を歩いていくのは、自分自身です。
だからこそ、他人の声を参考にしながらも、自分の心の声を置き去りにしないこと。自分の内側にある誠実さや愛を信じ、素直に一歩を踏み出すこと。
私は、そこに、自分らしく生きるための大切な鍵があるように思います。
婚活も、人生も、誰かが用意した正解を探すだけのものではありません。自分はどんな人生を送りたいのか。誰と、どんな時間を過ごしたいのか。そして、どんな自分でありたいのか。
その問いに向き合いながら、目の前の一歩を大切にしていく。
私もまだまだ修行中です。分かったつもりになっては反省し、また一歩進む。その繰り返しです。
だからこそ、これからも、自分自身に素直に、そして人とのご縁に誠実に向き合っていきたいと思います。
結婚相談所パートナーは、これからも「婚活と人生の伴走者」として、一人ひとりが自分の心を大切にしながら、その方らしい人生を歩んでいけるよう、ご一緒に考え、一歩一歩、歩いてまいります。










